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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1271号 判決 1975年12月25日

控訴人 明沼チヨ

控訴人(旧姓湯川) 明沼俊子

右両名訴訟代理人弁護士 岡野謙四郎

被控訴人 江口藤太

右訴訟代理人弁護士 一松弘

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人ら

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決

二、被控訴人

控訴棄却の判決。

第二、当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、次につけ加えるほか、原判決事実摘示(ただし、原判決書五枚目表七行目中「甲第一号証の一、二」の下に「、第二号証」を加え、同裏五行目から同六行目にかけて「千代子」を「千枝子」に改める。)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(事実上の陳述)

一、被控訴人

(1) 控訴人らの後記(2)の賃借権の取得時効の主張につき、控訴人ら先代明沼竹次郎は勿論控訴人らは、被控訴人が昭和三三年二月二一日本件土地につき所有権移転登記をした後において、被控訴人に対し、本件土地の賃料を支払った事実がないばかりか、被控訴人は本件土地につき所有権を取得してから訴外赤平昌作ないしは控訴人ら先代に対し本件土地の明渡しを求めていたものであるから時効による賃借権取得の要件を欠くので、その主張は理由がない。

(2) 控訴人らの後記(3)の権利濫用の主張につき、これを争う。

被控訴人は控訴人らの主張の訴訟上の和解に関与したことはないし、被控訴人において本件土地附近の測量をしたことはあるが、その測量は、同二一八番及び二一六番と公道との接地点境界を測定するものであって、控訴人ら先代の本件土地の使用を容認したものではなく、むしろ被控訴人は赤平育三を通じ異議を述べ明渡しを求めたものである。さらに被控訴人の本件土地の取得は代物弁済によるものではなく、被控訴人が隠居所を本件土地上に建築するため、本件土地並びに同所二一八番及び二一九番を合計約三七〇万円で買い受けたものであって、控訴人らに対し加害の意思ないし目的はないから反社会性はなく、この間に控訴人らの主張するような権利の濫用はない。

二、控訴人ら

(1) 原判決書三枚目裏一〇行目中「右建物移築の際」を「昭和三二年四、五月ごろ」に改める。

(2) 仮りに、建物保護法により控訴人らの賃借権が被控訴人に対抗することができないとしても、控訴人らは、次のように、本件土地につき被控訴人に対抗しうる賃借権を時効により取得した。

(イ) 控訴人ら先代明沼竹次郎は、昭和二九年九月七日、本件土地をその所有者である赤平育三から建物所有の目的で賃借し、同月末ごろには同地上に本件建物を建築し、被控訴人が同年一〇月二九日に本件土地につき所有権を取得したとしても、遅くとも同年一一月一日から一〇年を経過した昭和三九年一〇月三一日までの間、右賃借権に基づき本件土地を占有し、この間右赤平育三に対し賃料を支払ってきたものであるから、本件土地に対する賃借権を自己のためにする意思で平穏かつ公然に行使し、その行使の始め善意でかつ過失がなかったから、同年一一月一日本件土地に対する賃借権を時効により取得した。なお、右明沼竹次郎は、被控訴人が本件土地の所有権を取得した後も地代を赤平育三に支払っているが、被控訴人が本件土地を取得したことにつき右赤平ないしは被控訴人から何らの通知がなかったからであって、被控訴人が本件土地につき所有権取得登記を経たとしても、賃貸人たる地位を承継したことを賃借人である右明沼に通知しないかぎり、賃借人は前所有者である赤平育三に対する賃料の支払いを新所有者に対抗できるから、右時効期間中賃料を赤平に支払ったことは賃借権取得時効の完成を妨げるものではない。

(ロ) 仮りに、右の主張が認められないとしても、控訴人ら先代明沼竹次郎は昭和二九年九月七日本件土地をその所有者である赤平育三から賃借し、平穏かつ公然に本件土地に対する賃借権を自己のためにする意思で行使し、その行使の始め善意でかつ過失がなかったから、一〇年を経過した昭和三九年九月七日本件土地に対する賃借権を取得した。

(ハ) 仮りに、控訴人ら先代明沼竹次郎が本件土地に対する賃借権を行使するにつきその行使の始めに善意でかつ過失がなかったものとは認められないとしても、本件土地に対する賃借権は合資会社明沼工業所が昭和二一年一〇月一日から賃借して取得したものであり、この日から二〇年間、右明沼工業所及び明沼竹次郎において平穏かつ公然に本件土地に対する賃借権を自己のためにする意思で行使したから、右二〇年を経過した昭和四一年一〇月一日本件土地に対する賃借権を時効により取得した。

(3) 被控訴人の本訴請求が権利の濫用にあたることは次の事実によっても明らかである。

(イ) 控訴人らは先代明沼竹次郎が経営する合資会社明沼工業所は戦時中から本件土地並びにこれに隣接する同所二一九番及び二一八番一の土地を赤平育三から賃借使用していたが、昭和二六・七年ごろ赤平から右土地を第三者に貸すので返還して欲しい旨の申出でがあったので、右赤平に対し右土地について借地権確認の訴えを提起したところ、昭和二九年にいたり赤平が右土地を賃貸する相手方が右土地に隣接して江口自動車工業を経営する被控訴人であることが判明し、被控訴人からも控訴人ら先代に対し右土地の一部でもよいから被控訴人において使用できるようにして欲しいとの申入れがあったので、控訴人ら先代は、同年九月七日、右土地のうち同所二一九番及び二一八番一の土地の大部分に関する借地権を放棄し、本件土地並びにこれに隣接する同所二一九番及び二一八番一の一部を含む七〇坪の土地につき引き続き賃借することにして訴訟上の和解をした。控訴人ら先代はこれによりそのころ本件建物を本件土地南側の道路越しに本件土地上に移築したものであるが、右の和解は控訴人ら先代において被控訴人の要求により成立させたものである。

(ロ) その後昭和三二年四、五月ごろにいたり、被控訴人から控訴人ら先代が右のように移築した本件建物につき被控訴人が賃借している同所二一九番及び二一八番一の土地上に一部突き出ているから測量して欲しいと申入れがあり、被控訴人方で前記(イ)の和解調書に基づき測量した結果僅か突き出ていることが判明したので、双方で話合った結果、本件建物の移転費用を被控訴人において負担し、従来控訴人ら先代において賃借していた本件土地の西側に面した右同所二一九番及び二一八番一の土地でその東側の幅約一間の土地につき今後控訴人ら先代において建物の敷地とせず、双方が通路として使用することに協議が成立し、その際被控訴人から調停調書でこのことをはっきりさせて置きたいが、地主である赤平にその調停を申し立てさせるといい、同年六月二七日右の趣旨の調停が成立し、被控訴人の差し向けた職人により本件建物の一部移転がなされたものであるから被控訴人においては控訴人ら先代に対し本件土地の使用を容認していたものというべきである。

(ハ) 被控訴人は、昭和二九年一〇月、本件土地につき所有権移転の仮登記をするにあたりこれを所有する意思を有していたにもかかわらず、控訴人ら先代にはこのことを秘し、また同所二一九番及び二一八番一の土地につき右同様の仮登記をしながら赤平から賃借したかのように振舞い控訴人ら先代に度重なる譲歩をさせたことは信義則に反するのみならず、さらに右仮登記に基づき本登記をした事実についても控訴人ら先代の生存中はこれを秘し、同人が昭和四一年六月一三日死亡するや、右所有権取得の事実を明らかにして控訴人らに対し本件建物につき登記の欠缺を理由に本件土地を求めてきたもので、これらの事実と被控訴人が本件土地並びにこれに隣接する同所二一九番及び二一八番一の土地を取得したのは訴外赤平昌作に対する債権の弁済に代えて取得したもので控訴人らに対し本件建物を収去して本件土地の明渡しを求める特段の必要がないのに対し、控訴人らには本件建物のほかには居住する建物がない事情を比較考慮するならば被控訴人の本訴請求は権利の濫用にあたることは当然である。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、当裁判所は、次につけ加えるほか、原判決と同じ理由で控訴人らの抗弁を排斥し被控訴人の本訴請求は理由がありこれを正当として認容すべきものと判断するので、原判決の理由をここに引用する。

(1)  原判決書六枚目表三行目中「争いのない事実と」の下に「成立に争いのない乙第一号証の二、第三号証の一ないし三、」を加え、同四行目中「の一部」を「(原審及び当審。ただし後記措信しない部分を除く。)」に改め、同五行目中「尋問の結果」の下に「(原審及び当審)」を加え、同八行目中「一筆」を「二筆」に改め、同一〇行目中「認められ、」の下に「前掲」を加え、同裏七行目中「本件建物」を「そして、本件建物については昭和二九年以降所有者明沼竹次郎とする表示登記がなされていて右表示登記は建物保護法第一条所定の登記としての効を有すると主張するところ、不動産の表示に関する登記(不動産登記法第二五条ノ二)の制度は、昭和三五年三月三一日法律第一四号(昭和三五年四月一日施行)により新たに設けられたものであって、その主張の昭和二九年あるいは被控訴人が本件土地につき前示仮登記及びこれに基づく本登記をなした当時にはそのような制度がなく、そのころ控訴人ら主張のような本件建物につき表示登記がなされる余地がなかったものであるから、控訴人らの建物保護法第一条に基づく主張はそれ自体失当であるのみならず、なお、本件建物」に改め、同九行目中「証言」の下に「(ただし、後記措信しない部分を除く。)」を、同末行中「尋問の結果」の下に「(原審及び当審)」を、同七枚目表四行目中「とは」の下に「これが主張に一部分符合する前掲証人菱沼隆太郎、当審証人前田幸一の証言は後掲各証拠に照らして措信できないし、そのほか」を、同行中「かえって、」の下に「成立に争いのない甲第一号証の一、原本の存在及びその成立に争いのない乙第一二号証、」を、同五行目中「庫太」の下に「同小室秀雄(当審)」を、同行中「尋問の結果」の下に「(原審及び当審)」を、同一〇行目中「いたことにつき」の下に「成立に争いのない乙第九号証には昭和二九年九月七日合資会社明沼工業所と赤平育三との間において本件土地並びに同所二一九番及び二一八番の土地合計七〇坪につき赤平が明沼工業所に対し普通建物所有を目的とする賃借権の存在すること、同賃借権を明沼竹次郎に対してのみ譲渡を認める旨の訴訟上の和解が成立した記載があるけれども、その主張の昭和二九年一〇月二九日当時右明沼竹次郎において同賃借権を譲り受けたことを認めるに足る証拠でないので右乙第九号証をもっていまだ右の事実を認めるに足りないし、そのほかこれ」を、同八枚目表表六行目中「菱沼隆太郎」の下に「、前田幸一(当審)」を、同行目、同裏二行目同五行目及び同末行中各「尋問の結果」の下にそれぞれ「(原審及び当審)」を加える。

(2)  控訴人らは、当審において、被控訴人の本訴請求が権利の濫用にあたる旨をさらに縷説するけれども、その主張の訴訟上の和解ないし調停につき被控訴人が関与して行なわれたものであること、あるいは被控訴人において控訴人ら先代ないし控訴人らの本件土地に対する賃借権を容認し、本件建物につき登記がなされていないことを奇貨として本訴を提起したものであることを認めるに足る的確な証拠はないし、そのほか本訴請求がその主張の権利の濫用にあたると認めるに足る証拠もないので、控訴人らの当審における権利濫用に関する補充的な主張を検討してもなおその主張は採用のかぎりではない。

(3)  控訴人らの賃借権時効取得の抗弁について

土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、土地賃借権を時効により取得することができる(最高裁判所昭和四三年一〇月八日第三小法廷判決最高裁判所民事判例集二二巻一〇号二一四五頁)ものと解せられるけれども、土地の新所有者に対し従前の土地所有者との間に締結した賃借権を対抗できない場合において、賃借権につき取得時効を主張するためには、民法一八五条に準じ、新所有者に対し「自己ノ為メニスル意思ヲ以テ」賃借権を行使する意思を表示し又は新所有者に対する賃貸借契約を締結してその新権原により賃借権を「自己ノ為メニスル意思ヲ以テ」行使しなければ、新所有者に対する賃借権を時効により取得するための要件としての「自己ノ為メニスル意思」を欠くこととなるところ、控訴人らないしはその先代において右の意思をその主張の賃借権取得時効期間起算の始めにおいて新所有者たる被控訴人に表示したりあるいは被控訴人との間に新権原を取得した事実を認めるに足る証拠はなく、むしろ、その主張によれば、時効完成期間中本件土地の賃料を新所有者に対し支払った事実はない(旧所有者に支払ったとしても同旧所有者である赤平育三が右賃料の受領につき被控訴人の代理人であると認めるに足る証拠もない。)のであるから、控訴人らのこの点に関する主張は理由がない。

二、したがって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却し、控訴費用は敗訴の当事者である控訴人らに負担させることとして、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 豊水道祐 裁判官 舘忠彦 安井章)

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